3/9 「パズルのピースがはまらない苦しみは先祖のもの」 Blog

FAP療法で自分の人生を生きる

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私は人のことを考えるのがやめられませんでした。

誰かが困っていたら手を差し伸べたくなるし、なんとか解決してあげたいと、本人の代わりに一生懸命になっていた。

だからいつも自分自身を犠牲にして、相手のために時間や労力を差し出していた。

私と話している時に相手の表情が歪んだように思えたら、怒らせてしまったとか、きっと相手がこういう性格だから、ここが嫌だったんだろうなとか考えて、一人反省会が止まらない。

だから次は気をつけて接するけど、一生懸命考えたはずなのに、なぜかコミュニケーションが噛み合わなくて、相手にまた嫌な顔をされてしまう。

私はこのように、困っている人や怒っている人を見た時に、助けてあげたくなったり、なんとかしてあげたくなりして、頭の中でぐるぐる人のことを考えることが止まりませんでした。

普通に考えれば、相手がお腹が空いたからと言って、私が代わりにご飯を食べて相手を満たしてあげることはできません。

私が運動することで、相手の運動不足を解消することはできないし、相手がトイレに行きたくて堪らないからと言って、私が代わりにトイレに行って、相手をスッキリさせてあげることもできない。

だけど私はなかなかこれが理解できませんでした。

FAP療法を続けていく中でわかったことは、これらは心の傷によって起こる症状だということです。

私が相手に、「なんとかしてあげたい」と思う時、私の心の中では、私も気づかないくらいの深い水面下で、私の痛みが大暴れしていました。

相手のために一生懸命になることで、私はその痛みにしっかりと蓋をして、「見ないフリ」をすることができたんです。

そう、頭の中でお節介をしたくなったら、そこに心の傷が隠れている

相手を救わなきゃと必死になってしまう時、本当に救われたいのは自分自身なんです。

FAP療法を続けていくと、私は私のためにご飯を食べ、睡眠をとり、自分のために準備をして、日々の生活を始めることができるようになりました。

困っている人がいても、自分にできないことまで無理にやらなくなり、この人の無意識はどのようにこの人のことを助けてあげるのだろう?と、相手の無意識を信頼できるようになりました。

相手と話している時も、余計な一言を、思わず言いたくなる自分をモニタリングできるようになり、そこに自分の痛みを感じることができるようになった。

そして、相手に必要以上に踏み込まれた時は、今まではなんとも思っていないと思い込んでいたことにも、ちゃんと不快な気持ちを感じられるようになりました。

そうすると、私の思い込みで作り上げたのではない、本物の相手の気持ちを、素直に大事にすることができるようになり、人間関係にストレスがなくなっていった。

人のために生きないと、私は見捨てられ、愛されなくて、孤独になってしまうと強い恐怖を抱いていたのは、幻想だったと気づきました。

自分の人生を生きられるようになると、本当の意味で人生に満足感を得られるようになります。

(つづく)

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この記事を書いた人

心理系に興味があったものの情報系の道に進み、やっぱりカウンセラーが諦められなくて転身。

このHPを作りました。
インターネットワークも脳のネットワークも得意。なんちゃって。

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