「人が怖い」という悩みを持ったある人が、どうして自分は人が怖いのだろうと考えてみます。
自分には自信がないので、相手の言葉が正しいように聞こえています。
いつも怒られるんじゃないか?とビクビクしています。
自分から話しかけなければいけない時は、どうか相手がご機嫌ななめではありませんように、と胸の中で祈っています。
その人は、どうやら自分の方が下で、相手の方が上にいるかのように感じていることに気づきました。
そこで、「私の“人が怖い”と思った一番若い思い出はいつ?」と頭の中で思ってみると、その人に向かって怒り狂った父親の姿が浮かんできました。
その感覚に注目してみると、幼いその人は自分に向けられた怒りに驚き、困惑し、頭が真っ白になって、父親が話している内容が全く入ってきません。
幼いその人にとって当時の父親はあまりにも強く、勝てない相手でした。
幼いその人は自分の心の中で、「どうしてこんなにも怒るの?」というひとつの疑問を飲み込みました。
父親の気が済むまで怒鳴られたその人は、その日から父親の姿を見るたびに体に緊張が走りました。
そして、普段は優しい父親の怒りのスイッチがいつ入るのかがよく分からず、顔色を伺いながら話しかけるようになりました。
なるほど、私の身体はずっと父親に感じていた恐怖を繰り返していたのか。
その人は誰かと話すたびに自分の身体感覚が幼かったあの時まで遡っていたことに気づきました。
相手の言葉が正しいように聞こえていたのは、お父さんが怒るのは私が悪いからに違いないと思っていたから。
人と話す前に無意識に体を硬直させていたのは、もし相手が突然怒っても耐えられるように踏ん張っていたから。
そして、大人になった今も、子供の頃に受けた傷が自分を守っているのだと気づきました。
(つづく)
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