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FAP療法の魅力をお伝えするために、体験記をこれから綴っていきます。
今日は、私の【左胸の痛み】という視点から、FAP療法の魅力をご紹介します。
私は数年前、死に物狂いで心理療法を求めていた時、左胸が奥から痛み出しました。
その胸の痛みは不思議なもので、痛み始めたのは最近なのに、ずっと前からそこにあったような。
「今まで痛くて苦しくならないようにたくさん誤魔化してきたんだよ」と、痛みの方から語りかけてくるような、不思議な感じでした。
痛みを通して「これだけ頑張ってきたけどもう限界だよ、そろそろ気付いて」と言われているようで、確かに限界を感じていた私は、FAP療法と出会ったのです。
その出会いは、大嶋信頼先生とのカウンセリングの中でした。
よく分からないまま目を瞑り、先生の言葉をBGMのように聴き流しながら、言われるがまま、今まで無視し続けていた身体感覚に注目し、私は2回目(インテークの次)の面接でトラウマの蓋が開いてしまいました。
先生に「いつから左胸が痛いの?」と聞かれても、半年前だったかもしれないし、2年前だったかもしれない。
思い出そうとすると頭に痛みが走り、「わかりません」というありさまでした。
痛み始めた出来事がきっかけで予約のための電話をいれたので、最近のことのはずなのに、トラウマで時系列がよく分からなくなっていたのです。
そして、2回目の面接の後、痛みを麻痺させるための蓋が一気に取れてしまいました。
あまりの胸の痛みに座っていることもできず、重力に負けるように、胸から床に落ちていくようなありさまでした。
そのまま、次の予約の日まで寝たきりで過ごすことに。
そう、私はずっといろんな感情を左胸で受けてきたんです。
前回「麻酔をして心の傷を癒す」と書いたのに、痛いやないかい!!とツッコミが聞こえてきそうなのですが(笑)、ここからの回復はFAP療法なしでは無理でした。
FAP療法はまるで手術のようで、治療していただいている間、胸の痛みがドクドクして、どんどん上に上がって消えていくという体験をしました。
また別のカウンセラーの治療では、左胸の痛みに注目していると、左胸に固まっている血の塊がほぐれて柔らかくなり、凝り固まった部分がどんどん流れていくような体験もしました。
左胸に刺さった釘で動けなくなっている小さな自分のイメージを見たこともあります。
さらに、左胸に注目していると、忘れていたような記憶を思い出すこともあります。
それは私が怒り狂ってやりきれない思いをした記憶、
辛かった日々の中でコンビニに行ったなんでもないような記憶、
幼少期の日常の記憶など。
治療中、家庭、学校、職場での出来事など、ありとあらゆる記憶が、私の脳裏を高速で流れていきました。
また、治療中に目を瞑っている時、私を苦しめていた支配者が、私の脳内のイメージの中で立っていたこともありました。
説明が難しいのですが、私のいる空間と支配者が立っている脳内のイメージは、全く違う空間が同時に存在するような、そしてそのふたつの空間が重なり合っているような不思議な感覚でした。
そしてその支配者はちょうど、折り重なるふたつの空間のちょうど真ん中(重心)である、私の左胸の位置に立っていました。(死ぬほど怖かった…)
また、ただの痛みだったのが、治療が進んで麻痺が取れていくにつれ、そこに強い怒りや惨めさ、パニックなど、感情を感じるようにもなりました(私は感覚麻痺がすごかったんです)。
本当にすべての感情、すべての記憶が、私の左胸に詰まっていたのです。
普段の生活で痛みを感じる時に、痛みに注目するのは難しいです。
痛みを直視しようとすると心が無意識に抵抗するので、気づいたら注目できなくなってしまう。
ですが、FAP療法は催眠の中で行われるので、治療中痛みに麻酔がかかったような感覚になり、注目しやすくなります。
脳のミラーニューロンを使ってカウンセラーが痛みを半分肩代わりしてくれるので、左胸に詰め込んでしまった、辛かった記憶をもう一度同じ鮮度で追体験しなくても、治療中少し痛くなったり、多少悪夢を見たりする程度で済みます。(それが辛い時ももちろんありますけど!)
もちろん痛みが軽くなればなるほど、私の気持ちも軽くなり、行動範囲がどんどん広がっていきます。
あまりの痛みに1ヶ月寝込んだ日々から(そう、本当に1ヶ月寝込んだんです)、自由に活動できる日々になりました。
すごく痛くて何もできなかった自分とは、同じ自分のようで別人のよう。
FAP療法で心も身体も元気になっていきます。
次回は行動範囲がどういうふうに広がっていくかについて書いていきたいと思います。
(つづく)
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