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家系のトラウマは、川底に沈む土のように、その家族の一員である人々の意識の根底、つまり無意識で深く共有されています。
そして、家族の一員であることを決めるのは、「血の繋がり」ではありません。
『The Ancestor Syndrome』(ご先祖さま症候群)では、こんな興味深い症例が紹介されていました。
チアノーゼ(遺伝的に伝わる可能性のある心臓疾患)を患った若い女性は、同じ病気を患った祖母と同じように、手術を受け回復しました。
女性は、子供たちに病気を伝えたくなかったので、結婚をしましたが子供はもうけず、養子を迎えることに。
その養子はインド生まれの美しい赤ちゃんで、インド生まれであること以外、何もわかりませんでした。
養子を引き取って、子供がフランスに到着した後、病気であることがわかりました。
その病気はなんと、女性が子供に遺伝的に受け継がせたくないと思っていたチアノーゼでした。
その子は、全くの偶然から、同じ病院で、同じ日に、その女性が数年前に手術を受けたのと同じ外科医の手術を受けました。
その日取りは病院側が提案したものでした。
もちろん偶然の一致ではありますが、それでも奇妙な偶然の一致でした。
「実の家族のように愛され」、「常に家族の一員であった」養子にとって、病気と手術日が「ほぼ家族」のように繰り返されました。
ギレーヌ・デブルード博士(ケベック州のシェルブルック大学病院外科教授)は、患者の回復を改善するために、その日付に手術を行わないよう、今では常に記念日を尋ねるようになりました。
この話は、私たちにトラウマを共有するという意味での「家系とは何か?」という問いを投げかけます。
女性はおばあちゃんと同じ病気になり、遺伝的に伝わる可能性のある病気を、下の世代に伝えないよう、養子をもうけたにも関わらず、その子は同じ病気になりました。
そしてこの子は、実の子供ではないにもかかわらず、まるで「家族の一員」として決まっていたかのように、同じ病を持ち、同じ医師のもとで、同じ日に手術を受けました。
チアノーゼの赤ちゃんを養子に選んだのか?あるいは、迎えた養子が家族の一員となるためにチアノーゼになったのか?
真実はわかりませんが、いずれにせよ、この家族は逃れられたと思ったチアノーゼとまた向き合うことになりました。
この話からわかるように、血縁がなくても、まるで運命に導かれるように家族の歴史が繰り返されることがあります。
一般的には「血縁」や「遺伝」をもって家族を定義しがちですが、無意識による定義では、それだけが家族の本質ではないのかもしれません。
私たちは、個人の意思や選択だけで生きているわけではなく、家系に深く根付いたトラウマや無意識の影響を受けながら生きています。
そう、家族の歴史に、知らぬ間に支配されてしまっている。
川底の土を巻き込んでいるせいで、流れる水が濁ってしまっているのだと気づく時、繰り返されるパターンから抜け出し、新しい未来を築くことができるのかもしれません。
(つづく)
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