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散らかった部屋を見ていると、気分がどんよりと落ちてきます。
部屋に溢れた物に足を引っ張られているような感覚になる。
物で溢れた部屋が、ごちゃごちゃと絡まった自分の頭の中と重なります。
「心よ、私がモノを捨てられないのはなんでなの?」と聞くと、幼少期の自分が神経質に何かを握りしめているイメージが流れてきた。
「心よ、このイメージは何?」と聞いてみると、「許容を超えたストレスに耐えるためのおまじない」と返ってきた。
何かを握りしめることで、自分は大丈夫だと安心することができたみたい。
だから、部屋に溢れた物は全て、私がこれまで闘ってきたストレスに打ち勝ったという勲章のようなものだった。
私の部屋は勲章だらけで、今は使っていない物がたくさんあります。
でも購入した当時は、それを買うことで心が守られていた。
「心よ、私はどうやったら片付けられるようになるの?」と聞くと、心はそんなガラクタたちのイメージの中から、昔買ったフランス人について書かれた本を浮かび上がらせます。
その本によると、フランス人は本当に必要なものだけを持つらしい。
高級なワイングラスや上質なコートも、勿体無いから使わないなんてことはなく、普段使いしている。
その代わり、一流のものしか持たないらしい。
もし、フランス人のように、本当に必要なものだけを買い、その全てを日常生活の中で使うことができたら?
一生懸命働いたお金をガラクタに換えることなく、自分を大切にするものに換えることができたら?
それらを使う喜びが、自分自身に活力を与え、暮らしの中でエネルギーが循環していくような気がしてきます。
そう思うと、今の部屋にある「使っていない物たち」は、もう役目を終えて、卒業を待っている存在のようにも感じられます。
それらを一つゴミ箱に捨てるたびに、過去の私から「よくやったね」と花を一輪差し出される。
それら一つひとつが大きな花束になって、私は新しいステージへと旅立つんです。
そんなイメージが見えてきました。
(心に聞く/終わり)

